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『なれそめ』
首筋を切り裂かれた刺客が血しぶきを撒き散らしながら倒れ付すのを見届けず、ルフレは駆けた。刺客の最後の一人に肉薄する。だが敵はルフレの刃が届く前に背後から切り伏せられていた。 「ガイアさん…」 「余計な世話だと言いたそうな顔だが、それはこっちの台詞だぜ？」 その言葉にルフレがきょとんと小首を傾げた。 「こういうのは俺の仕事だと言ってるんだ。軍師さまのやる役じゃねえ」 「では、手伝ってください」 「はん？」 「一人だけサンダーで気絶させたのですが。私、拷問とかは初めてでどうしようかと思っていたんです」 「おまえなぁ…」 低くくぐもったうめきが聞こえ、二人は同時にそちらを向いた。 ルフレが気絶させたと言っていた男が、口から赤い泡を吹きながら事切れようとしていた。 無表情にそちらに歩み寄るルフレをガイアが制し、刺客の口から漏れる血混じりの唾液に触れないよう気をつけながら脈を確認する。ルフレと視線を合わせると、ゆるりと首を左右に振った。 「毒、ですか？」 「ああ。奥歯にでも仕込んでたんだろう…」 「はあ。残念です」 そう残念でもなさそうに言った。 ◇◆◇ 「ガイアさん、訓練に付き合ってください」 「は？なんで俺が…」 「良いから、お願いします」 いささか強引にルフレに引っ張られるようにして、ふたりが向かったのは野営地に設けられた訓練場ではなく、程近い林の中にある開けた場所だった。 「ガイアさん、その色々隠し持ってるものも全部使ってかかってきてください」 ルフレが愛用の剣を抜き放ちながら言う。 「ん？お前も菓子が食いたいのか？」 「ではなく。武器の方ですよ。あちこちに仕込んでいますよね」 「ルフレ…」 「真剣勝負でお願いします」 その言葉と同時にルフレは地を蹴った。 ◇◆◇ 「で。クロムでもヴェイクでも他の誰でもなく俺を訓練の相手に選んだ理由は、なんだ」 一つずつ、暗器を確認しながら仕舞いつつガイアが訊ねた。 「理由、ですか………先日刺客の方と戦った時にどうも勝手が違いましたので」 愛用の剣に刃こぼれがないことを確認しながら淡々とルフレが返す。 「俺で試した？」 「はい。ガイアさんはお強いですね。良い勉強になりました」 にこりと笑みを浮かべて言う。ルフレは思いついたように言葉を続けた。 「逆に聞きたいのですが、どうして皆さん口を揃えて『何故』とお聞きになるのでしょうか。自明のことを聞かれると、咄嗟に返答に困ります」 ルフレにとって答えとは自然と知れるものだった。そこに言語を介した過程は存在しないため、何故、と問われると逆に戸惑うことになる。 「私の出す答えに何故そうなったのかと問わない方は、クロムさんぐらいでしょうか…」 「そりゃああいつの思考回路も一息に正答を出すたぐいのものだからだろう。普通の人間の思考には“過程”ってもんが存在するんだよ」 「はあ」 今ひとつ飲み込めていない表情で言うルフレ。 「戦局を読み違うことがある理由が、その辺りにありそうですね。なんとか治したいところですが…」 一体どうすれば、と悩むルフレの胸元をガイアが指差した。 「ルフレ、お前に足りないのは、そこだ」 「？心臓ならちゃんと元気に動いてますよ」 「…違う。ハート、だよ」 「はぁ…」 「お前の頭の中の理論が素晴らしく綺麗に組上がってるかは分かるつもりだ。だがな、相手は人間なんだ。お前はもう少し心を使う練習をした方が良い」 「と、言われましても」 「てっとり早いのは、恋でもすることなんだがなぁ…」 「こい。とは、レンアイの恋、でしょうか」 「ああ。他に何がある？」 「では、ガイアさんに恋をすることにします」 しばしの沈黙がおりた。 「お前、言ってる意味は分かってるか？」 「はい。私はまた何かおかしなことを言いましたでしょうか」 「言った」 「私はいつも真剣ですよ」 「ふざけているようにしか聞こえないぜ」 「……難しいですね」 「ん？」 「説明ができません。でも、そう、と分かるんです。私が恋をするとしたら、その相手は、ガイアさんになるだろう、と」 「お前…俺に一目惚れでもしてたか」 「いえ。今は惚れてはいませんよ」 にべもなく言う。 「………分からん」 「すいません」 「謝らんでも良いが」 まあ食え、と渡された飴をルフレが口に含む。 「――――ああ」 もごもごと飴をなめながら何かに気づいたのかルフレが声を洩らした。 「甘いからでしょうか」 「なんだって？」 「ガイアさんからはいつも甘い香りがします」 「そうか？俺には良く分からんが」 「自分の匂いには麻痺してしまうのでしょう。とにかく、とても良い匂いがします」 「……………ルフレ」 「はい」 「それが、理由か」 「はい」 「阿呆かお前は」 「いいえ」 「まあ良い。そろそろ戻るぞ」 「はい」 釈然としないガイアと悪気なく笑みを浮かべるルフレ、二人は並んで野営地へと戻って行った。 ルフレの言葉に間違いはなかったとガイアが知ることになるのは、もう少し後のこと。彼が後戻りも叶わぬほどに彼女に惹かれはじめた頃のことになる。
2013/9/29収納
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