『真実の愛、偽りのあかし』










「ほら。頼まれてたやつ。――こんな感じで大丈夫か？」

ガイアの差し出した手の中には、美しく輝く金無垢の指輪があった。
それを受けとるルフレの左手薬指に嵌められたそれと良く似たデザイン――その形から、表面に彫られた細かな彫刻とイーリス聖王家の紋章に至るまで、よくよく間近で見ない限り、同じと言っても良さそうな。

「ええ。問題ないわ」

渡された指輪を目の前にかざす。

「悪かったわね。あたしの指輪を預けられれば良かったんだけど」

――この指輪を外す訳にはいかない。
そう相談すると、ガイアは指輪のいくつかの数値と、数枚のスケッチだけでレプリカを作ってくれたのだ。

「ああ。ちょっと骨は折れたがな――むしろ、うちの大将はじめ誰にもバレないように、てのには苦心したぞ」

「うう…ほんとにごめ――」
言いかけて、訂正した
「ありがとう」

こぼれるような笑顔にガイアは思わず赤面する。

――なんでそんな顔ができるんだか。

心の中だけの呟き。
彼女は自分の命を賭けるつもりだろうに。

「ルフレ、お前…」

「そうだ。お礼なんだけど」
そう言って、ローブのポケットから小さな箱を取り出した。
「ガイアはやっぱ甘いものかと思って」

「――！その箱はチョコレートだな。しかも…王都にしかない限定品。芸術的なプラリネで有名な店の箱だ」

「……箱見ただけでそこまで分かるなんて…やっぱ甘味にして正解だったわね」

さ、受け取って。と差し出された箱を何故かガイアは受け取らなかった。

どうしたの？、と目で訴えるルフレの視線がぶつかったのは、意外なほどに真剣な眼差し。

「約束しろ。必ず戻ってくると」

「…………………」

「――ルフレ」

名を呼ばれ、苦笑する。

「できないわ」

ゆっくりと、言い聞かせるように、言う。

「約束はできない。でも、努力はする。それじゃあダメ？」

にこりと、笑む。

「お前…その笑顔は卑怯だろ」

全てを決めてしまった人間特有の、澄みきった心を映すような。

聡い彼女のことだ。事と次第によっては全てをクロムに知らせるつもりでいたガイアの心の内すら読み切った上での発言と、笑みだろう。
そして彼女の読み通り。自分は彼女の願いに逆らえない。

「ごめんね」

「っ！謝るぐらいなら――」

す、とルフレの人差し指がガイアの口元に当てられた。

「ごめんねついでにもうひとつ、頼まれて欲しいんだけど」

「ああもうこの際だ。なんだって聞いてやるよ！」

ありがとう。そう言うとルフレは自分の左手に視線を落とした。
ゆっくりと、そこに嵌められた指輪を抜き取る。

「あたしがギムレーに克てたら。あいつを消すことに成功したら。この指輪をクロムに渡して」

「そう来たか…」

「この指輪は、クロムの両親が彼のために作ってくれた大切なものだから」
あたしが持っていくわけにいかないでしょう？

微笑んだまま、言う。

――もし俺がその指輪を送った主なら、そんなことされたくはないがな…

「…俺に、クロムに殴られろって言うわけだな」
心に浮かんだこととは違うことを言う。

そう言うと、ルフレはびっくりしたように目を見開いた。

「へ？？？…ああ。そこまでは考えてなかった…かも」

全てを見通す目を持つ軍師であろうと、自分が消えたあとのことにまでは考えが及ばなかったようだ。

「ええと。そんなことには…なるわね。クロムなら、やりかねない」

どうしよう、と真剣に悩むルフレの手から、ガイアは指輪を取り上げた。

「受けないとは言ってないだろう。約束しちまったからな」

ほら、そっちも貸してみろ。と自分が作った精巧なレプリカを受けとると、器用にルフレの指に嵌めた。

「…ありがと」

薬指にピタリと嵌まった指輪の、いつもとは微妙に違う感触に、左手の指を曲げたり伸ばしたりしてみる。

「これで、心置きなく闘える」

「ルフレ」

「ん？」

「必ず、戻ってこい」

「……………」

「でないと、俺はイーリス聖王陛下に一生恨まれることになりそうだ」

わざと茶化して言うその言いように、思わず吹き出す。

「ふふふ。そうね。それは申し訳ないから。できるだけ、帰ってこれるように頑張るわ」

嘘は付けないその言いように、苦笑する。

――必要ならどんな嘘でも真顔でつける奴なんだが…

事実、彼女の夫であるクロムには真実を話していないのだ。
最後の闘いに共に挑むため。
その、場所に、共に立つために。

我が身よりも大切な半身を騙して。
何よりも大切にしていた指輪を手放しても。
彼女の決心は揺らがない。

――まさかこの俺が今更、神に祈ることになるとはな。

ガイアの口元に苦笑が浮かぶ。
神竜ナーガにではなく、どこにいるとも知れない神に、祈る。
どうか、彼女の願いが叶うよう。そして必ず彼女を自分たちの元へと帰してくれるように。

切に、願った。






--END--


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6/30-7/7まで拍手のお礼文だったものです。
ガイアさんは自警団の木下工務店的な…（エ）いえ。好きですよ。甘党のひと。

2012/7/7