『手と手』










イーリス以外の場所でならば、聖王夫妻の顔を知る者もぐんと減る。
またそこが、個人の強さを尊び玉座すらその強さの証として在るフェリアならば尚更、他国の王と王妃に対する興味は薄かった。――最も、その武という意味での興味ならば尽きないのだろうが。

「手があったかい人って心が冷たいのよね」
繋いだ手を見つめながらルフレが言うのに、
「逆だろう。手が冷たい人間は心があたたかい、だと思ったが」
面白そうにクロムが返す。
「ああ、思い出したわ」
「何をだ？」
「母さまが、言っていたのよ――」



『母さまの手は、あたたかいです――あたたかいのね』
口調を変えるように、そう言われたのを思い出し、幼いルフレがそう言った。
『ふふ。手があたたかい人はこころが冷たいらしいわよ』
『！そんな、母さまは優しい方ですよ！』
慌てたように言うルフレの頭をぽんぽんと優しく母が撫でる。にっこりと笑みを浮かべながら、言った。
『ルフレ。話し方』
『あっ……すみませ……ごめんなさい？』
『う〜ん…その場合はどっちでも良い気はするわね』
『母さま、難しいで――難しいわ』
くすくすと笑い声を洩らしながらルフレの母が言った。
『難しいなら、二人きりの時には以前の口調で話しても良いのよ？』
『ううん。頑張るわ。母さまの言いつけだもの』
『ありがとう。ルフレは良い子ね』
再び手を繋ぎ、親子は歩き始めた。



思い出の中を彷徨っていたルフレは頬に触れる冷たい掌に意識を目の前に立つ夫に戻した。
「いつか――」
「クロム？」
「いつか、聞かせてくれ。おまえと母君の話を」
「山奥で熊や兎を狩ってた話になるけど…」
言葉にするのも辛いような出来事も多くあったろうに、その明るい言い方にクロムが思わず笑みを洩らす。
「それで構わん」
「そ？じゃあ今度ね」
再び手を繋ぐと、ふたりは雑踏の中に消えた。






--END--


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9/15〜9/22まで拍手文だったものです。

2012/9/22