『おかえり』










天井から床まで広がる焼け跡、精緻な刺繍の施された絨毯は焼け焦げてところどころ床の石材が覗いている。ルキナとグレンツェンの剣戟と、マークが成した魔力放出の被害で白金の間は見るも無惨な有り様だった。
「うーん…流石にこの部屋で休むのは無理ね」
困ったふうにルフレが呟く。
王妃の自室であるこの部屋が半年前に破壊されたまま未だ修復されていないと聞き、様子を確認しに来たのだった。
「そうだな」
彼女の傍らで言葉を返したのはクロムだ。
「どこか適当な客間を用意してもらおうかしら」
幸いここは広大なイーリス城だ。休む部屋にはことかかない。
「どうしてだ？」
「え？」
お互いに、不思議そうに見詰め合った。
「俺の部屋で休めば良いだろう」
「ええと…」
ルフレの目が泳ぐ。
「ほら、一緒に寝ると、狭いでしょ？クロムもあたしも小柄な方じゃないし」
そわそわとした様子の妻の姿をクロムが見下ろす。聖王のために用意された寝台はかなりのサイズで、親子四人で眠ってもまだゆとりがある程なのだが。
不意に、クロムは長身のルフレを軽々と抱き上げた。
突然のことにルフレがぽかんと目を見張る。
そんな妻の表情すら楽しむように、嬉しげにクロムが話しかけた。
「ルフレ…俺は言わなかったか」
「クロム？」
「ペレジアの内乱を鎮圧に行く前、おまえが戻った直後に…」
それで分かったのだろう。ルフレの頬に一気に朱がのぼった。慌てて制する。
「ストップ！クロムそれは…」
そんな様子にクロムの笑みが更に深まる。
「帰ったら無茶苦茶に抱くと、言った筈だ」
だから、いまはゆっくり休めと。そう言ってクロムは城を出たのだった。
「！！！…っ」
感情に言葉が追い付かずただ赤面するばかりのルフレに追い討ちをかけるように、クロムが更に言葉を継いだ。
「まさか嫌だとは言わんよな？」
聞くつもりもないが、と続けて。
「嫌じゃない、けど…」
躊躇いがちにルフレが口にしたのは、クロムが予想していたものとは違う言葉だった。
「あたしは…もう生物とすら呼べないモノかもしれないのよ」
神竜ナーガの冷たい微笑を思い出す、ギムレーを宿した未来のルフレが浮かべていたあの無表情な笑みも。あれは、神だ。地上の輪廻を外れた存在。自身もいずれそうなるのではないかと、ルフレは恐怖していた。
項垂れるように両手で顔を覆ったルフレを、クロムがそっと、床に降ろした。
クロムの両手がルフレの顔を覆うようにして上向かせる。
「それでも俺はおまえが欲しいと思う。――それでは、だめか？」
真っ直ぐな瞳に見つめられて。ルフレは泣きそうになった。
「半年、だ」
搾り出すようにクロムが言う。
「おまえがこの世界に戻って、半年。ようやくゆっくりおまえに触れられるというのに、そんなことを気にしていられるか」
「そ、そんなことって！」
「そんなことだろう。おまえは、おまえだ。それ以外に何が必要だ？」
「――――っ」
迷いのないクロムの言葉にルフレの肩が震える。溢れた涙が一筋流れた。その一滴すら惜しむように、クロムが優しく涙を掬い取る。
そっと抱き寄せると今度は抵抗せずルフレはクロムの腕の中におさまった。



「なんだか、聞いちゃいけない会話を聞いちゃったみたいですね…」
そわそわと視線を泳がせながら小声で言ったのはマーク、
「まま、マークが、部屋を壊してしまったこと、謝りに行こうと言うからですよ」
ぽふんと頬を朱に染めて言葉を返したのはルキナだった。
「まあ、この分ならこの時代の僕が生まれるのも時間の問題ですね〜」
さっさと自分を取り戻して、マークはそっと白金の間の扉の前から離れた。
「さ。父さんと母さんの邪魔をしないように、こっそり逃げましょう」
笑顔で姉を促す。
ふたりはそっと足音を忍ばせて廊下を離れていった。






--END--


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先週一緒に上げようと思っていたのですが時間切れで今日に。なりました。
困るとマクルキに落ちを任せてしまうのはわたしの悪い癖です。

2012/12/15