『追憶』










さくさくと落ち葉を踏む音が耳に心地よい。足首の辺りまでふっかりと積もった枯葉に足を取られぬよう慎重に歩を進める。
木の幹につけた目印を確かめると、その根元に置いた罠を点検した。
「どうですか？」
「ここも、外れね」
うしろから覗き込むようにして声をかけたマークを振り向いてそう言ったのはルフレだった。

王都で今もグレンツェンの手の中にある小さなルキナ。彼女が王位を継ぐための継承の儀の日取りが国中に周知されてから、一月が過ぎようとしていた。
クロムたちはいたずらにルキナの行方を捜すことはせず、準備を整えその日を待つと決めた。時折差し向けられる追っ手――本気でクロムたちを追い詰めたいのだとは思えないような――を避けながら、転々とイーリス内を移動する日々を送っていた。

ルフレたちが居る場所は王都の北西にある山脈の麓、野営のため天幕を張った場所からほど近い森の中だった。
獲物を狩るために仕掛けた罠をルフレと、ルキナとマークも共に点検している最中だ。
「母さんは、どこで獣の罠の仕掛け方を学んだんですか？」
「そういえば、未来のお母様も、山野の獣の生態にはお詳しいようでした」
マークとルキナが好奇心からそう問うと、ルフレは困ったように微笑んだ。
「まあ、なんていうか…生活のために仕方なく、ね」
ルフレが母と共にギムレー教団から逃れる日々のなか、人里を避けた山中での生活のなかで自然と身につけた知識だという。
それ以上多くは語ろうとしないルフレに、思い切ってマークが訊ねた。
「母さんの母さんって、どんなひとだったんですか？」
次の場所に仕掛けた罠の様子を確かめていたルフレの手が一瞬止まった。
ルフレにしては珍しい長考に、マークが慌てたように付け加えた。
「あの、話しにくいことなら別に…」
罠の点検を終えて――やはり空振りだった――立ち上がったルフレが困ったように笑みを浮かべた。
「違うのよ、マーク。母さまのこと一言であらわすと何て表現したら良いのかしらと思ったら、咄嗟に言葉にならなくて…」
「成程。さすがはお母様のお母様、多才な方だったのですね」
納得したようにルキナが相槌を打つ。
「やっぱり母さんみたいな軍師だったのですか」
重ねてマークが問うた。
「軍師、ではないわね」
「じゃあ、優秀な魔術師ですか」
ルフレがゆるゆると首を降る。
「では…剣士？」
「母さまは、戦う力を持っていなかったのよ」
幼い頃に父を亡くし、侍女としてペレジア城に上がったルフレの母には、剣も魔法もまして軍略も、学ぶような機会はなかった。ただ彼女が幼い日々に父から受けた思考の訓練、論理的に物事を捉えるその目と血筋に継がれてきた『軍師の目』はその後の逃亡の日々で彼女を幾度も救うこととなった。
「母さま自身は戦う力を持たなかったけれど、お祖父様から受け継いだ軍師としての知識は沢山あったし、それを使いこなすことも知っていた」
ルフレの軍師としての基礎は母から、剣術はダルから、魔術に関しては独学で学んだものだった。
「あたしが母さまに教わった――というよりも、貰ったのは、生きる術。かしらね」
「？獣用の罠の作り方とかですか？」
「それは独学で――じゃなくて。なんて言ったら良いのかしらね」
頬に手を当てて首を傾げる。

自分を大きく見せようとしてはいけない。小さく見積もってもいけない。
こころを開くこと。目を開くこと。
人を、命を慈しみ愛すること。
母が教えてくれたのは、戦い方ではなかった。いつかルフレがひとりきりになっても生きていけるだけの愛情を惜しみなく注いでくれた。人のなかで生きる術を、愛し愛されるための術を、教えてくれたのだった。

「母さまがあたしにくれた一番の贈り物は、愛情だった。母さまがあたしに沢山の愛情を注いでくれたから、あたしはこうしてクロムや、ルキナやマークに愛情を返していけるんだと思うの」
ルキナとマークのあたまを優しげに撫でながら、ルフレは零れるような笑みを浮かべてそう言った。
「なら、俺はおまえの母君に感謝しないといけないな」
「クロム」
「父さん」
「お父様」
ルフレたちとは別に獲物を探しに出た筈のクロムがいつの間にかそこには居た。
「お前をこの世に生み出してくれたこと、お前を生かしてくれたこと、お前を愛してくれたこと――感謝してもしきれないぐらいだ」
愛しげにルフレを見つめて言う。
「――クロム…」
どこか困ったようにルフレが返した。
「なんだ？」
「言ってくれてることは、面映いぐらいなんだけど…その格好で言われると、なんていうか」
その肩に担いでいるのは彼の本日の戦利品。黒々とした剛毛を持つやや小柄な熊だった。

その日、聖王一家は久しぶりの熊肉に舌鼓を打ったが（癖の強いこの獣肉の味を、クロムもルフレも二人の子供も何故か好むのだ）、聖王家に仕える忠実な騎士団長だけは苦りきった顔を隠しもしなかったという。






--END--


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１００００Hitお礼リクエスト小説で『クロム×ルフレ前提でルキナとマークがルフレの母親のことをルフレに聞いてくる話』でした。
ルフレがお母さんの話をするからには、ED後で記憶が戻ってないと、ということでうち設定で書かせていただきました。
そのうちルフレ母の話をちゃんと書きたいですが…暗い、から、躊躇ってます。
リクエストありがとうございました！

2012/12/15