『雪にまつわる小話』







１．聖王夫妻の場合



イーリス聖王国、王城。聖王の執務室で書類の決裁に励むクロムと、窓辺に座り読書にふけるルフレの姿があった。
「――あ」
膝の上の戦術書から視線を上げて、ルフレが空を見た。
「どうした？」
びっしりと文字の書き込まれた報告書から目を上げてルフレを見、クロムが訊ねた。

きん、と冴え渡る冬の大気。ルフレが見上げるその視線の先に、ひとひら、雪が舞い落ちてきた。あとからあとから止め処なく、視界を白く染めるようにして大粒の牡丹雪が舞い落ちてくる。
「珍しいな。雪か」
ルフレと同じく空を見上げたクロムが呟いた。
「イーリスにも雪は積もるの？」
以前フェリアを訪れた時にはあたりまえのように一面が銀白に染まっていたことを思い出す。
「そういえば、おまえが来てから積もったことはなかったな。この辺りでも時々だが、積もるぞ」
「へぇ…綺麗なんでしょうね」
いつか見たフェリアでの光景と、イーリスの大平原を重ねて思ったのだろう。ルフレが嬉しそうに目を細める。その姿を見てクロムは笑みを浮かべた。
「ああ。大平原が全部白く染まる。もし積もったら、明日見に行ってみるか？」
「なら、さっさと仕事を片付けなくちゃね」

ルフレの言葉にクロムがう、と押し黙る。うしろから抱きつくようにして、ひょいとクロムの手元を覗き込んだ。
「…ふぅん、なるほどね」
なにやらひとり納得している。クロム越しにひょいと手を伸ばし、別の書類を取った。クロムの肩になにやら柔らかな感触が押し付けられる。
「こっちは――あ、あたしの報告書、埋もれてるじゃない」
「…ルフレ」
「なぁに？」
満足げに自身の書いた報告書を救出し、ルフレがクロムの耳元で返事を返した。
「手伝ってくれようとしているのは分かるんだがな」
「あ、自分でちゃんと目を通して判断したかった？」
「いや、報告書の内容を要約してくれるのも有難いが」
「じゃあ、なぁに？」
「その体勢だと、なんというか…集中できん」
ルフレは一度きょとんとすると、くすくすと笑い出した。
「ふふ…クロム、かわいい」
ちゅ、とルフレがクロムの頬に口づけた。
「――…〜っ！」
クロムが首まで赤く染めた。
もう一度頬にキスしようと身を屈めたルフレの腕がぐいと引かれた。そのままバランスを崩してクロムの膝に収まる。
ばさばさと何枚か書類が床に散らばった。
「ちょ、クロム、あぶな――」
ルフレの抗議の声を塞ぐようにして、クロムが深く口づけた。

イーリス聖王国に、聖王代理妃が誕生してはじめての冬だった。



雪に脚を取られないよう、ゆっくりと馬を進ませる。乗馬に慣れないルフレを前に乗せ、クロムが馬を操っている。
「一晩でこんなに積もるのね！」
嬉しそうにルフレが声を上げた。クロムを見上げる瞳もきらきらと輝いている。
「思い出に、なったか？」
クロムと出会う以前の記憶をすっかり失くしたルフレに、クロムは時々そう聞くのだった。彼女の裡にある空虚を少しでも埋めてやりたいと、そう思ってのこと。
「ええ、とっても。クロムと一緒にいられることがあたしにとって何よりの思い出だから」
ずっと、忘れないわ――そう言葉にはせず、琥珀の瞳に焼き付けるように真白い平原を見つめた。
「ルフレ…」
うしろからそっとルフレを抱きしめた。
強く風が吹いて、クロムのマントの裾が大きくはためいた。
やわらかく積もって雪が舞い上がり、花びらのように宙を踊った。






２．聖王一家の場合



さくさくと雪を踏む音だけが、平原を渡る。
イーリスとフェリアの間にまたがる長城、その付近で屍兵が確認されたとの報告が自警団にもたらされて数日後、クロムたちは見渡す限りの雪原に立っていた。

屍兵は、無事に討伐した。思いのほか易く終わった討伐に、余力を残して王都に帰還しようとした。のだったが。
フレデリクが提案したのだった。
「丁度良いですね。雪中での模擬戦訓練をいたしましょう」
そこで二人一組のチームを組んで、二対二の模擬戦をすることになったのだった。

「戦略を変えます！」
勢い良く叫んだのはマーク。言葉とともに放ったのは雪玉だった。綺麗な弧を描いてかなり遠くまで飛んでいく。
「マーク！いまは訓練中ですよそんな雪玉で遊ぶような…！」
ルキナとマークの対戦相手は彼らの両親、イーリス聖王国の聖王クロムとその妃にして軍師でもあるルフレだった。軍主と軍師、彼らの自慢の両親、という贔屓目を抜きにしてもダブルを組ませれば間違いなく最強、無双間違いなしのふたりを相手にして、雪遊びをしている余裕などない筈なのだが。
マークはもくもくと雪玉を足元に作り続けている。

綺麗に弧を描いて飛んできた雪玉が、狙い済ましたようにクロムの頭に直撃した。
「く…やるなマーク」
すかさずしゃがみこみ雪玉を作り始めた。
「ちょっとクロム！なに乗せられてるのよ！！」
ルフレの声も聞こえないのか、もくもくと作り上げられた雪玉は先ほど飛んできたものよりも鋭い弧を描いてルキナとマークの方へ飛んでいった。

「きゃ！」
クロムの放った雪玉はわずかに狙いを逸れてルキナの肩に命中した。
「む。父さん、流石ですね」
更にマークが雪玉を投げ返す。
「さ、ルキナさんも反撃ですよ！」
きびきびと渡された雪玉を、おずおずとルキナも投擲した。綺麗なフォームで投げられた雪玉が弧を描いて宙を飛んだ。

「ああルキナまで…きゃあ！」
ぺしょ、と、ルフレの持つ魔道書に雪玉があたった。表紙にじわりと水がにじむ。
「…本気でいくわよ」
夫がよく口にする決まり文句を呟き、ルフレも雪玉を固めはじめた。

「父さん、母さん！沢山ぶつけた方が勝ちですからねー！」
両手にいっぱいの雪玉を抱えてマークが言った。
雪原をたくさんの雪玉が飛び交う。



数十分後。
「クロム様…」
白い息を吐きながら新たな雪玉を固めていたクロムが地を這うような声音に振り向くと、満面に笑みをたたえたフレデリクが立っていた。
その後、聖王一家が自警団の副長にしてクロムのお目付け役でもある騎士に笑顔でこってりと絞られたことは、言うまでも、ないだろう。






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１００００Hitありがとうございますリクエスト小説です。
睦月さんからのリクエストで、『雪と戯れる聖王夫妻か聖王一家』が見たいとのことでしたので。こんな感じになりました。
最初１．だけで、このまま雪と戯れてもらおうかと思っていたのですが。そうするとマクルキが出てこないので２つの違うはなしにしてしまいました。
リクエストしてくださった睦月さん、素敵なリクをありがとうございました！
よければお収めくださいませ（ふかぶか）

2012/11/17