『連理の枝』





〜序〜　１．




「現在のペースで行軍を続ければ、明後日にはペレジア領内に入れそうです」
「そうか。兵たちには十分休息を取るよう伝えておいてくれ」
立ち並ぶ天幕の間を抜けながら、会話をする二人の男性。
天幕に縫いとられた紋章は、イーリス聖王家の紋章を守るようにして背中合わせに立つ騎馬とペガサス。イーリス正規軍の紋章だった。
ペレジア内で起きた反乱。その鎮圧に手こずったペレジア王からの直接の要請で、国境付近へと向かう途中のイーリス正規軍の夜営地だろう。

僅かに前を歩いていた一人――濃紺の髪をした青年が、急に歩みを止めた。
「クロム様？」
二人ともかなりの長身だが、青年のことをクロムと呼んだ男は更に目線が高い。
自然、見下ろす形になりながら彼の主の様子を伺う。
当の青年は、自分の左手――正確に言うとその下に帯びたひと降りの剣をじっと見つめていた。

――神剣ファルシオン。

遥か神話の時代に英雄王マルスが邪竜を打ち破ったとされる、イーリス聖王国の宝剣。
そして一年前、復活した邪竜ギムレーを滅ぼすために封じられていた力を解放し、新たな伝説をその身に刻んだ神竜の牙。
普段から淡く輝いているその刀身の輝きが増し、束の中心に灯る焔は眩しいまでの黄金色をしていた。

――この色は、あいつの…

忘れる筈もない、色。
彼女を失って以来、何度見たいと願ったか分からない、この色は。
彼の妻の瞳が時折宿す金の輝きによく似た焔だった。

――まさか…

「クロム様！」
走り出した彼の耳にはその声ももう、届いていない。
「お、お兄ちゃん！？」
驚いたように立ちすくむ金髪の少女の傍らを猛然と駆け抜けると、クロムは天幕群の外、目指す草原に向けて走り出した。



ふわりと流れるあたたかな風。
運ばれてくる草の香り。
瞼を通して感じるやわらかな陽光――
頭の上で交わされる声に、少しずつ意識が浮上する。
ゆっくりと、彼女は目を開けた。

「気がついたか」
濃紺の髪の青年の、どこか懐かしい声。
「平気？」
心配そうに見つめる金髪の少女。
「こんなところで寝てると風邪ひくぞ――立てるか」
呆れたような顔でこちらを見つめる空色の瞳。
差し出された手を無意識に取ると、ぐい、と引かれ彼女は立ち上がった。
彼女よりも大きな手。青年の腕に刻まれた聖痕。順に視線を上げていくと、泣き笑いのような表情を浮かべた瞳とぶつかった。
「――おかえり、ルフレ」
言葉と同時に抱き締められる。
「わわわ、お兄ちゃん！」
「――クロム様」
ルフレの顎に手をかけ、今まさに口づけを落とそうとしていたクロムの動きが止まった。
「――リズ、フレデリク…いたのか」
横目で二人を捉え、今気づいたかのように言う。
腕はまだルフレの身体に回されたままだ。
「いたのか、じゃないでしょー！そりゃいるよ。途中で追いついたでしょ！あたしだってルフレさんに会いたかったんだよ！」
「ふたつ、質問があるんだけど」
クロムにきつく抱きすくめられた状態だが、なんとか距離を取ろうと力を込めつつルフレは尋ねた。
「なんだ？」
至近距離で目が合う。
「あなたは誰で、どうしてあたしの名前を知ってるわけ？」
クロムの深青色の瞳が見開かれる。
拘束する腕の力が緩んだのを感じて、ルフレはそっとクロムの腕から抜け出した。

「………」
「…………」
「……………」
「えっと…あたしの質問、そんなに変かしら」
――当たり前のことを聞いたつもりなんだけど。
見知らぬ相手に抱き締められるわキスされそうになるわで、被害者はどう考えても自分の方なのに。
なにか悪いことをしている気分になってくる。
「ルフレ、おまえ…」
「また記憶喪失になっちゃったのぉ！？」
クロムの困惑した声に、リズの高い声が重なる。
「え？自分のことなら分かるわよ。あなたたちに覚えはないけど」
「よろしいでしょうか」
クロムたちの後ろからことの成り行きを見守っていたフレデリクが、す、と前に出た。
「ルフレさんはご自分の名前はお分かりのようですが…ここで倒れる前のことは覚えていらっしゃるのですね？」
「もちろん。覚えてるわよ」
「では、差し支えのない範囲で構いませんので私たちにそれを教えて頂けますか」
淡々としたフレデリクの態度に、まぁ、誤解が解けるならとルフレは語りはじめた。
「なんか知ってるみたいだけど改めて。あたしの名前はルフレ。詳しくは言えないけど…ある人を探してペレジアに向かう途中よ」
何か言いかけたクロムを遮って、更に質問を続ける。
「今が何年か、ご存知でしょうか？」
「え？イーリス歴で、てこと？エメルディア15年でしょ」
「――な！」
「ええええええええ！！」
「やはり」
今にもルフレの方へ詰め寄りそうなクロムを抑え、フレデリクが冷静な声で続ける。
「それと、ルフレさんの外見が少々若返っておられるようですが」
静止を解けばすぐにでもルフレのもとに向かいそうなクロムを振り返り、言った。
「そう言われてみれば、ルフレさん、なんか若い…」
まじまじと見つめるリズ。
理由は分からないがいまのルフレは、クロムたちと最初に出会ったあの時の状態に、姿も記憶も(もっともあの時には記憶はなかったが)戻ってしまっているようだ。
クロムは、自らの前を遮るようにかざされたフレデリクの腕を押し退けると、ルフレの前に歩み寄った。
有無を言わせず右腕を掴むと、右手を覆っていた外套の袖をまくりあげた。
透けるように白く、華奢な腕。ほっそりと形の良い手があらわになる。
ぐいと持ち上げたルフレの右手の甲を確認すると、ほっとしたように息を漏らした。
「――離してっ！」
余りの強引さに呆然としていたルフレは、相手が自分の右手の甲を見つめていることに気づくと、弾かれたように右手を奪い返した。
ぱり、と微かな雷撃の余韻にクロムが顔をしかめる。
ルフレは隠すように右手の甲を左手で覆った。
「ないぞ」
ルフレには意味の分からない言葉を言う目の前の青年を、きつい視線で睨み返す。
せめて、いつものように手袋をしていれば。
油断していた自分に腹をたてながら見られてしまった刻印についてどんな言い訳をしようかと、頭は目まぐるしく回転していた。
「ギムレーの刻印なら、ない」
「――！」
何故、刻印のことを知っているのか。
そして、ない、とはどういうことか。
困惑に揺れる琥珀色の瞳。
どうしようもなく震える手をゆっくりと動かすと、左手に覆われていた右手があらわになる。
目の前に立つクロムに対して警戒を解かないようにしながら、そっと手の甲を確認した。
「……あ」
確かに、ない。
物心ついてからずっと、彼女を苦しめ続けてきたあの忌まわしい刻印は、跡形もなく消えていた。
「どうし、て？」
呆然と呟く。
その手をクロムが取った。
見上げると、真摯な光を浮かべた瞳。
「ギムレーは滅びた――ルフレ、おまえのおかげで」
吸い込まれるように空色の瞳を見つめ返すと、つきり、と頭の後ろが痛んだ。

――ルフレ
――ルフレさん
――ルフレ様
――ギムレー様に生贄を捧げよ
――貴様らごときが！
――クロム、リズ、愛しています…
――お母様
――母さん
――母さま
――ルフレ、ごめんね
――俺は負けん！
――これが、我が覇道よ
――炎の台座を
――力を貸してもらいたい
――行くぞ、相棒
――タスケテ
――シニタクナイ
――クルシイクルシイクルシイクルシイクルシイコワイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイオカアサンクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイイタイイタイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイ―――シナセテ

「っ！あ、あああっ」
頭の内側を鋭い刃物で切り裂かれるような激しい痛みに悲鳴が漏れる。
両手で抱えるように頭をきつく抱く。
ごうごうと鳴りやまない血潮の音で、周りの音も聞こえなくなった。
「ルフレ！」
肩を掴まれ顔を上げると、焦りに歪んだクロムの顔。

『大丈夫だ。この絆は……運命なんかよりもずっと強い』

その顔に重なるようにして、決意をたたえた優しい顔が、見えた。
激しい痛みのために涙を浮かべた瞳。震える唇が動くと一言、彼の名を呼んだ。
「クロ、ム？」
耐え難い痛みに、ぷつりと意識の糸が切れた。
力なく倒れこむ身体を、クロムの腕が抱き止めた。



　　　◇◆◇



「――呪うわよ」

先程まで診ていたルフレの額から手を離すと、女呪術師――サーリャは隣に立つ人物を睨み付けた。
「なに？」
クロムの眉がひそめられる。
「呪うわよって言ったの。信じられないわ。私のルフレにこんなに強いストレスを与えるなんて」
「いや、俺はだな…」
「言い訳なんて、聞きたくない」
はぁぁ、と、深い、それだけでも呪いの力がありそうなため息。
「記憶を失うことには理由がある。物理的な負荷か、精神的な負荷。主にこのふたつ」
寝台で眠り続けるルフレの頬に、サーリャはそっと指を這わせた。
「物理的負荷――頭に強い衝撃を受けた場合に記憶を取り戻すことには、特に問題はない」
頬を撫でていた指は、そのまま髪をすきはじめる。
肩の下まで流れる青みがかった黒髪が絹糸のようにサーリャの指の間をすべる。
「精神的負荷の場合、記憶喪失の理由はその記憶、そのものにある。無理に取り戻そうとすれば、精神に異常をきたす恐れが強い――そうね」
振り返り、クロムに向けて微笑んだ。
「良くて狂人、悪くて廃人、てところかしら」
「なん、だと」
若き聖王の怒りと困惑を楽しむように、サーリャは微笑みながら小首を傾げた。
「意識が目覚めていない今なら、呪いでもう一度、記憶を封じることもできるけど」
ルフレが私たちのことを忘れてしまうのに耐えられるならね。
そう、続けた。
「――さあ、どうするの？」
クロムの顔を真正面から見据え、サーリャは問いかけた。

「その必要はないわ」
「ルフレ！」
「ああ、起きたのね」
クロムとサーリャが同時に声をかけた。
「クロム」
自分を呼ぶ懐かしい声。
最後に覚えているよりも若い、まだ少し幼さを残した頬のライン。クロムの瞳を真っ直ぐに見つめ返す琥珀の瞳には草原で再会した時のような、見知らぬ相手に対する不信感や不安はない。
「ルフレ」
「飲み物でも、持ってくるわ」
クロムの言葉を遮るように、ゆったりした口調でそう言うと、サーリャは椅子から立ち上がり扉に向かって歩きだした。
「――サーリャ」
その背中にルフレが声をかける。
「なぁに」
振り向きもせず返事をする。どんよりと、感情の全く読めない声。
「なにか、してくれたでしょう？すごく楽になったわ」
「整理整頓のまねごと」
「…ありがとう」
「ルフレのためなら、なんでもないわ」
「それと…あんまりクロムを苛めないでちょうだい」
うつむいたサーリャの口からちっと舌打ちの音。
「本当はもう少し凝らしめたかったのよ。なんの手続きも踏まずに最短の正解を選ぶことの危うさを、その人はもう少し知るべきだわ」
「そのために、あたしが居るのよ」
「…ふん」
かちゃりと、扉を開けながら振り返るとサーリャは言った。
「ならひとつ忠告してあげる。今思い出せなくなってる記憶はあなたのものじゃない。無理に取り出そうとしては駄目よ」
「…努力するわ」
パタン、と、扉が閉まった。



「話は終わったのか？」
ルフレの首筋から顔をあげ、クロムは言った。
彼女がサーリャと話している間にクロムはルフレの手、腕、肩と順に口づけを落とし、今は首筋を甘く食んでいたのだ。ようやく戻ってきた妻のその存在を確かめるように。
「…………ええと。うん。ごめんね待たせて」
「いや」
ルフレの顎をつかんで口づけた。
ゆっくりと、お互いの呼吸を交換するように、深く。
「おかえり、ルフレ」
「ただいま、クロム」
もう一度口づけ。
寝台に横たわったままのルフレに覆い被さるようにして、クロムは彼女をきつく抱きしめた。
ルフレも、彼の背中にそっと腕を回す。
――本当は、腕を上げるのすら億劫なくらいに身体は弱っているのだが。
彼女はずっと時間も空間も感じられない深淵の闇の中に居て。だからかクロムにもつい昨日会ったばかりのような、逆に数十年の時が過ぎたような、おかしな気持ちだった。
クロムがようやく落ち着いて、自分を抱く腕の力が和らぐのを感じると、ルフレは自分の疑問を口にした。
「あれから、どのくらいの時間が過ぎたの？」
「ギムレーが滅びてから一年。それと、あの草原で倒れてから２日間おまえは眠り続けていた」
「それと。この、部屋」
「ああ。おまえが居た時のままの筈だ。侍女たちが掃除に入る以外、何も動かさないように言ったからな」
そこは白と金を基調にした落ち着いた雰囲気の部屋だった。
華美さはないが、螺鈿づくりの飾り棚や紫檀のテーブルなど、ひとつひとつが丹念に選ばれた、贅をつくしたものなのが分かる。
ごく淡い薔薇色をした絨毯には金糸でモチーフ化された竜の模様が描かれていた。

――白金の間。

イーリス聖王国の王妃が代々住まうその部屋を、イーリス城の人々はそう呼ぶ。
「あたし、まだこの部屋の主なのね…」
ルフレの言わんとするところを読み取って、クロムはひとつの指輪を取り出した。
金無垢の、表面に細かな彫刻とイーリス王家の紋章が施された、指輪。
「今さらおまえを責めるつもりはないが…この指輪をあいつから受け取った時は何の嫌がらせかと思ったぞ」



　　　◇◆◇


ギムレーは滅び、ルフレは消えた。
イーリスに戻って数日後クロムのもとを訪れた客人は、「あいつから預かった」とだけ言って、指輪を執務机に積み重なった書類の狭間にコトリと置いた。
その指輪を一目見て、クロムの表情が変わった。
ゆらりと、蒼炎のオーラが立ちのぼる。執務室の空気が一気に冷えたようだった。
「…何故この指輪を貴様が持っている」
手にとって見るまでもない。それは、クロムがルフレに贈ったものだった。
あの、最後の、瞬間。泣き笑いのような顔をしていた彼女の指を確かに飾っていたはずの。
ギムレーの消滅と共に消えゆく暗雲の狭間から差し込んだ陽光を弾いて輝いた指輪、あの光景をクロムが忘れる筈はなかった。
――だから、気づけなかった。
クロムが知るルフレの性格ならば、必ず指輪を自分に返そうとするだろうと、分かっていたから。
――だから、止めるのが遅れた。
彼女の指に指輪がある限り、ルフレは自分の隣に居ると、そう、信じていたから。
その心中を察したように客人は、挑発するようににやりと笑みを浮かべた。
「あのときルフレと一緒に消えたはずだって思ってるな？――良い出来だったろ。俺が作ったレプリカは」
「――っ、貴様！」
勢いにまかせて立ち上がったクロムの背後で椅子が倒れ、机の上で小さく跳ねた金無垢の指輪が澄んだ音をたてた。



　　　◇◆◇


「――まさか、殴ったりとかしてないわよね？」
恐る恐るルフレが尋ねた。
「…フレデリクに止められた」
ほ、と息を吐き出すルフレにクロムが言う。
「俺の目の前で奴の心配か」
きょとんと、ルフレが目を見張る。
「クロム…なにか誤解してるみたいだけど。彼はただあたしの我が儘に巻き込まれただけで」
「あの男にだけ真実を話しておいて、か」
「それは、間違いなくクロムの隣に立つためよ」
静かに、言う。
まっすぐにクロムを見つめるルフレの瞳には一点の曇りもない。
「あたしの本当の気持ちを話しても、クロムは最後の闘いにあたしを伴っていた？」
「――！」
間違いなく、置いていくだろう。
どんなに懇願されても、泣かれても。縛りつけても彼女を行かせなかった筈だ。
それほどまでに、ルフレの存在はクロムにとって大きなものだった。
世界がひとつ購えるぐらいには。

「ね。そうなのよ」
すっかり黙りこんでしまったクロムに、ルフレは困ったように微笑んだ。
「ごめんね」
そっと、クロムの頬に触れる。
自分のしたことに悔いはない。クロムが深く傷つくだろうことも分かっていた。
だが、時が経てばどんなに深い傷でもいつかは癒える、そう、ルフレは考えていた。
一年 ―― 決して短くはない時間だ、生々しく見えたこころの傷口が少しずつ塞がり始めるぐらいには、長い筈だった。
しかし実際は。
ルフレを失ってからずっと、クロムは目には見えない傷口から血を流し続けていた。
そのことに、いま、ルフレは気づいた。
「――ごめんなさい」
読みが甘かった。
戦術を組み立てる時のようには人の心は動かないものだ。
何もかもわかっている気になって、驕って。最愛の人を苦しめた。

頬に触れるルフレの左手を、クロムの手が取った。
すんなりと伸びた指。
クロムの持つ金無垢の指輪――花嫁の指を飾るに相応しいそれを、ルフレの指に嵌めた。
あつらえたようにぴたりと嵌まった、指輪。指に馴染むその感触と、何度も眺める内にすっかり記憶してしまった鮮やかな彫刻の中にあしらわれたイーリス聖王家の紋章。
それと対になる指輪が、クロムの左手薬指にも輝いていた。
「――クロム」
「もう一度、受け取ってくれるな」
戸惑いを含んだルフレの声。
「あたしは――あたしの身体は、まともな人間と呼べるかも分からないのよ。この城で２年近くを過ごしただけでも分かってる。王妃の役割――」
聖王の血を引く子を一人でも多く産むこと。
一度完全に消滅してから再び造られたこの身体が、まだヒトであるのかどうか。ルフレには分からなかった。
「あたしはそれを果たせないかも知れない」
悲痛な、言葉。
「それに。あのときと今とじゃ状況が違うわ。ギムレーの血を引く者を、イーリスの人たちがよく思うはずもない。クロムにはもっと、相応しいひとが――」

絞り出すようにしてようやく口にした言葉は、強引に与えられた口づけに途中で塞がれた。
激しく、奪うようなキス。
ようやくルフレの唇を解放すると、吐き出すようにして、言った。
「この一年、うんざりする程聞き流してきた言葉を、おまえからも聞かなければいけないのか」
先ほどまで明るい空色をしていたクロムの瞳が、深い、青に輝く。激情を秘めたその瞳は静かな焔を秘めて。
「ルフレ。おまえ以外の誰にも、俺の隣にいてほしいとは思わない。おまえ以外の誰ひとり、妻と呼ぶつもりなどない」
両手でルフレの顔を包み込むようにして。目を逸らすことを許さない真剣な眼差しが真っ直ぐにルフレの瞳を射る。
「クロム。そういうことじゃなくて、ね」
「国も、民も関係ない――俺が、おまえを必要としているんだ」
ルフレの瞳が迷いに揺れる。
まばたきを忘れた大きな瞳から、涙が一筋流れて落ちた。
「――クロム」
「ルフレ、愛している」
ルフレが瞳を閉じると、大粒の涙がぽろぽろとこぼれた。
その涙をすくいとるように何度か口づけ、最後は唇に触れる。
「愛している」
言って、何度も口づけを落とす。
ルフレが泣き止むまで、飽くことなく繰り返した。






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なんか変な年号が出てきておりますが…最初はルフレの年齢を言わせようと思ったけど、以前は記憶喪失だったんだから皆ルフレの年なんか知らんやん、と、思ったからこんなことにorz

2012/6/30